第27回ダイアローグの会:「我が人生を語る」~半世紀現場一筋の経験 から~

木村行雄(西台こども館フリー指導員、社会福祉士、精神保健福祉士、認定心理士)

1951年生まれ、秋田県しらかみ山麓で育つ。1969年上京。明治大学入学するも学園紛争でロックアウト。多種多様多様なバイト体験で多くの仲間と知り合う。渋谷区内の知的障害施設に就職。障害者隔離、差別反対、障害児の就学運動に関わる。施設の在り方を問いながら隣接の児童養護施設に転職。29年間勤続したが経営者との対立で仲間7人と共に解雇された。この問題が労働運動に発展する中で解雇は撤回されたが、土地問題、理事会問題に翻弄される。福祉現場通算49年、この間卒園生9人が人生半ばにして亡くなっている。中でも特に関係した2人に絞り報告された。味わい深い東北弁で語る木村さんは卓球やスキー、マラソンの達人でもあり、福祉現場人の雰囲気に満ち溢れた人柄である。十数年ぶりに再会しダイアローグの交流会の席で「是非とも発題をしてもら
えないか」と懇願したところ照れ臭そうにハニカミながらも「快諾!」を得た。テーマは「我が人生を語る」である。発題の中で「障害児分離収容問題」に巻き込まれ、不当解雇処分を受けた経緯が語られた。私は当時、児童養護施設職員だったが1970年代後半、児童福祉業界を巻き込んだ「養護学校義務化」問題にも関心があり、現代書館が発行していた障害者問題の専門雑誌を熱心に
購読していた。そんな中で「福田会」の組合闘争問題が聞こえてきてはいた。しかし当時の東京の児童部会はまるで「対岸の火」の如く冷淡な態度で事態の推移を「眺めていた」ように記憶している。私自身も日常業務に追われ深入りすることは出来なかった

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